ビビッド・ミッション、お任せを
         〜789女子高生シリーズ
 


       




あわや街なかでの乱闘になりかかりというゴタゴタが起き、
怪しい連中は取り逃がしたものの、
だがだが 最悪の危機だけは回避出来たと、やっとこ安堵したのも束の間。
ほんのすぐ目の前から、
気になる少女を強引に連れ去られた格好になってしまって。
どうやら真っ当な関係筋の方々らしかった…とはいえ、
そこはそれこそ、お嬢様がた気性の方をこそ、ようよう心得ているがため。
彼女らが“はあ、そうですか”と…素直に引き下がりそうにないなと、
これでも その内心で危ぶんでもいた勘兵衛だったものの。
さりとて、

 『はっきり言って、儂らにもこれ以上の手の尽くしようはない。』
 『な…っ。』

相当に意外だったか、
随分とおっかない形相で、一斉にぎょっとしたお嬢様たちだったのへ、

 『正式な国交を結んでいない国からのお客人だからの。
  事情とやらの説明がないのへ、強引に聴取も出来んのだ。
  お世話をお掛けしました、後は自国の関係者で処理しますと言われてはな。』

よく言って僭越、悪く言って余計なお世話と、
迷惑がられるのが関の山。
それ以上 食い下がれば、
今度は“政治関係の問題ぞ”と 外務省辺りから仰々しい存在が出てくるか、
あるいは、表立つことを恐れるあまりと、
こっちサイドの上つ方の処断により、問答無用で声も届かぬ僻地へやられるか。

 『でも…っ。』
 『うむ。怖い目にあった被害者でありながら、
  騒ぎを起こした彼女が叱られかねぬのは目に見えてもいるけれど。』

七郎次らが食い下がったのは、
何も自分たちの感情的な憤懣からだけではないという点も、
警部補殿としては ちゃんと察しておいでで。

 『だがな。』

未成年への保護義務だの、弁護する人をつける必要だのも、
所詮は、日本での日本国民へ、
若しくは条約などを批准している国からの来訪者への、法令や条例なので。
治外法権の壁が立ち塞がるのもまた明白。

 『大人の理屈、ですよね。』
 『困ったことには儂らも大人なもんでな。』

そら途惚けた言い方をし、
それよりお主らもまだ春休みではなかろうに…と、
お子様がたを大人の職場から追い返したまでは、
なかなかに大人の態度を貫けた島田警部補ではあったれど

 「彼女らが歯痒いと思うのは重々判りますけどね。」
 「まぁな。」

コーヒーを差し入れつつの佐伯刑事の言は、
どちらかといや…勘兵衛の言いたいだろうことの代弁のようなもの。
だが、それこそ彼女らには言わなかったものの、
これ以上 下手に食い下がれば、自分らとの接点となったあの少女の身も危うい。
叱られるだけならまだいい、
その上で、本国に送り返されるくらいなら穏当な方で、
トカゲのしっぽ切りではないが、
最悪、存在自体を抹消されかねぬ。

 「…社会的に、ですよね。」
 「さてな。
  政治基盤に早くから民主主義をしいている国だとは言え、
  基本 王政国家だからどうとも言えぬ。」

どっかの某国のように、
日本に居たってだけでスパイ扱いにされての特殊収容所へ送られるような、
そこまで非情な国とは聞いてないけれど、

 「よその国の常識は途轍もないときがあるからなぁ。」
 「勘兵衛様〜。」

泣きかかるよな声を上げる征樹だったのへ、
マグカップに口をつけつつ、
ふふんと苦笑交じりの息をついたところを見ると、
趣味は悪いが冗談だったらしく。

 「考えてもみよ、
  あの引き取りようは却って悪目立ちするやり方だ。」

 「…はあ。」

勘兵衛が言っているのは、拉致の方ではなく、
たった一人の少女を相手に、
数人掛かりでどやどや押し込み、問答無用と掛かった、
彼女の保護者サイドの“彼ら”の行為(やりよう)のことで。

 「間に立った こっち側の青二才担当官へも
  刷り合わせがきっちり出来てたかどうかは知らぬがな。
  あんなわざとらしい形で引き取ったのは、
  居合わせた我らへの オフリミットの強調に過ぎぬよ。」

第三者という見物人があったらあったで、
小芝居を打ってでもいい、もっと穏便なやりようもあっただろうにと。
そこはさすがに見抜いていたか、
そして、だからこそ、
相手の“悪役になってでも”という気丈な気持ちも
尊重したくなった勘兵衛だったのかも知れずで。
それへふと征樹が思い出したのは、

 “それって、どっかで以前にも聞いたような事情ですよね。”

確かあれは、謎のボディーガードが紅ばらさんを護衛していた、
ちょっぴり不思議な騒動を追っていたときも。
暗躍した人物が属していたらしき、謎めいた相手陣営が、
実は故意に、全速力でなら追える程度まで尻尾をちらつかせており、
そんな作為を察した者へは、
“この先は危険だぞ?”と親切にも仄めかしているようでもある、なんて。
なかなかに奥の深い読みを披露していた勘兵衛だったような…。
そんなことをば思い起こしていた佐伯さんへ、
その胸中までもを見抜いていた訳ではなかろうが、

 「しかも、久蔵が見たなら間違いなかろう、
  あの良親も居合わせたというしの。」

勘兵衛からの一言へ、征樹の表情もふっと引き締まる。
実際の交流から培ったそれとは微妙に異なる代物とはいえ、
浅からぬ縁がないではない相手であり、

 「儂なぞ、
  あやつが一枚咬んでいるのなら、
  まあ悪い方へは転ばぬだろうと、こそり思ってしまうのだがな。」

そう、むしろこちらが下手にムキになってしまっては
彼の手際の邪魔にならぬかとさえ思えてしまう。
今世の彼が、真っ当で公正な…正義の者という確証があるでなし、
むしろ、こっちも利用されてばかりかも知れぬというに。
彼の持っていたかつての気性には
今も曇りはなかろと どこかで信じているなんて、
思えば それこそ勝手な話なのだろうか…。

 「さて。一応は“調べ物”にかかるとするか。」
 「手を打たれるので?」

う〜んと背中を延ばしてから、まあなと肩をすくめた勘兵衛だったが、

 「正攻法でかかっていては、
  あやつらが見切り発車するのへ追いつけぬでな。
  事態の流れを追うのは後でいい、現状の進行を追うぞ。」

 「…はい。」

今の言いようの中の“あやつら”というのは、
複数形である以上 良親のことではなさそうで。
それってあの子らの行動を肯定してませんかとか、
今から彼女らを押し込めるという手もありますがとか、
言いたいことはあれこれあったらしい佐伯刑事さんだったものの。
どんな妨害も恐るべき手管で撥ね除けよう手ごわさを、
彼もまた ようよう知っていたし、

 “他の大人と一緒だと、嫌われちゃうのはちょっと寂しいですしね。”

加担する訳ではないが、後追いでは到底追いつかぬなら、
せめて大怪我のないよう、フォローを優先したいだけだというのが、
それこそ付き合いの長さから征樹さんにも判るので。
さてさてと携帯電話を手にするお人が、
こちらへ向けた頼もしい背中へと向けて、

 「半日しか空き時間はありませんので。」
 「おうさ。」

これでも忙しい身だ、公務優先は譲れませんよと敢えて言い置いた、
鬼警部補の今現在の右腕さんだったのでありました。





     ◇◇



大人の事情というものは、どんな世界にも存在するもの。
むしろ、そういう…非情ながらも現実的な世界に、
がっちりと地続きなところも多々あったこのお話で、
なのに出てくる機会があまりに無さ過ぎてたのが異常なくらいでもあって。

 「ヒョーゴに。」

Q街から一旦帰宅し、
宵になってからあらためてお顔をそろえた三華様がた。
メールへの反応がやや湿っぽかった紅ばらさんを案じ、
あとの二人が、
元気がないのを指しての“お見舞い”という名目で訪のうたのだが。
お部屋に通されての開口一番、
叱られた…と細い肩をしょんぼり落として見せた久蔵だったのは、
一体誰の告げ口か、一番乗りで危険なところへ駆けつけたと聞いたぞと、
そりゃあ お怒りだった榊せんせえのせい。

 相手が逃げを打つおりに、
 咄嗟に問題の少女をお前へ渡して来たそうだが。
 諦めたのではなく、そのまま二人ともをと構えただけ、
 若しくは殴りつけられてでもいたら、
 両手が塞がってたお前はどうなった?、と。

その場にいなかった、
しかも後出しの理論でぎゅうぎゅうと叱るなんてずるいなぁと
平八に言わしめたほどに、

 「きっと勘兵衛さんの差し金ですよ。
  ゴロさんもね、
  帰ったそうそうの私の顔を見て、
  危ないことは…と言いかけましたし。」

周到さまでが憎たらしい、
これもまた“大人の理論”を御披露されたようなもの。
そうは言っても、

 「兵庫は悪くは…。」
 「う…。//////」

俺を案じているだけだもの、と。
ちろりと目線を上げ、彼女なりに庇うところが、
まあ久蔵さんたらかわいいと。
プンプンと判りやすく怒っての、
ムキになって非難しかけていた平八ともども、
七郎次からぎゅうと抱きしめられちゃったのではあるけれど。

 「大人の事情は、まあ仕方がないとして。」

こっちの顔触れもまた、
普通一般の十代の少女らとは一味違う。
丁寧に淹れられた芳醇なココアを ふうふうと頂きつつ。
叱られたことを引き摺っていたってだけじゃあないらしい、
何か言いたげな久蔵へ“ええ、判っておりますよ”と頷いた七郎次へ、

 「勘兵衛殿、
  ああは言ったけれど実は実はで 何とかすると思われますか?」

平八が問いかけたのもまた、同じような思い残しから発したお言いよう。
それへ、

 「う〜ん、難しいところでしょうね。」

七郎次が綺麗にととのえられた眉をきゅうとしかめて見せる。
だって、前以ての通達等がなかったのは彼にも同じだったようで。
不意を衝かれて何の抗いも出来なんだという点へ、
人道的なところも含め、少々むっかりしてなくもなかったしと。
こちらはこちらで、警部補殿の仄かな憤懣を、
あまりに らしくないことだったからか、
態度や素振りから しっかと嗅ぎとっていたお嬢さんたちだったものの、

 建前立てつつ、
 ついうっかりとか別な事件のついでとか、
 見え見えな言い訳つきで、
 本来アンタッチャブルな案件をいいように片付けたってのは、

 「大戦時代には結構あったのですが。」

 「〜〜〜。」
 「…シチさん、その例えばは 参考にするには古すぎませんか。」

何せ“前世”の代物で、
人柄はともかく、背景も土壌も違い過ぎると暗に言いたいらしい、
久蔵と平八からの婉曲な非難へ。
判ってますよと苦笑をし、

 「でもでも、
  警察官としての勘兵衛様がどんな“融通”を利かせておいでかは、
  あいにくとアタシ全然知りませんもの。」

佐伯さんに聞けば判るかも知れませんが、
そういうのって外へ漏らしては何にもならないものだから、と。
となれば、今回なぞ 自分だって蚊帳の外にやられたってことだろうに、
ちょっぴり意味深、
もしかして大したもんでしょと思っていませんかという、
ともすりゃ自虐的な気色を押し隠しつつ くすすと苦笑った彼女であり。

  ああ 古女房のお顔だなぁ、と

平八や久蔵に、ついのこととてそう思わせたほど、
こんな形のことまでも、
言われずとも心得ていると忍ばせるお顔だったりし。

 そう。今の彼女らが気にしているのは、
 勘兵衛が案じていた正にそれ、
 “もう済んだこと”な筈の 謎の拉致事件のその後であり。

出来事的にはもう終わったことかもしれないが、
それでも色々と引っ掛かる。
ああまで“頼もしい”大人たちの元へ戻されたのだから、
むやみにまたぞろ攫われる恐れはないだろし、
そも、そういう心配は、
無理から引き取ってった大人たちがすればいいことと
彼女らも重々判っちゃあいるのだが。

 それでも何かが引っ掛かる。

 「手際がよすぎ。」
 「それ言ったら、彼女を連れ戻したあの人たちもですが。」
 「そうそう。本当に関係者なの?って思ったほどですよ。」

まさか、誘拐一味が厚顔にも成り済ましてたとかいう恐れはないのか?と、
そこまで疑ってかかってたとの発言は、意外にも七郎次のもので、

 「だって、勘兵衛様を出し抜くなんてっ
 「はいはい、判った判った。」
 「……。///////」(シチ、かわいいvv)

いつもの脱線はともかく、
彼女らが居ても立ってもいられないのは、
元を正せば…連れ出されるときのあの女の子の、
何か言いたげだった、周囲へ助けを求めていたような様子のせい。
力づくでの強制送還へと抵抗出来なんだのは、
彼女がか弱かったからというより、
王室務めという肩書を支える、
慎ましやかなお行儀のせいという感があったれど。

 なのに、だけども、
 それでも収まりがつかなんだ感情とか訴えとか。

慎ましいお人でありながら、
それでもそういうのを伝えたがってたように思えたものだから。
彼女らにしてみれば、どうにも捨て置けない代物でもあって。

 「でもでも、
  勘兵衛殿が“それじゃあ”と何かするにしても、
  今からの根回しから入るってことですよね。」

いくら公僕だからとて、
そんな呑気なことでいいのでしょうかと、平八が少々鼻息を荒くし。
今日はフレアの利いたそれ、
優しいシルエットのスカートのポッケから、
愛用のスマホを取り出すと、
そこへ とあるメールを呼び出して見せる。

 「………?」
 「これって?」

差出人のところは無記名。
相手のメアドしか表示されてはないけれどと、
小首を傾げる二人のお友達へ、

 「あの、ホノカさんからのメールですよ。」
 「…っ!」
 「な…、一体どうして?」

名前だったら文中に出て来ましたし、いやいやそうじゃなくってと。
お約束の綱引き、ノリ突っ込みを交わしてから、

 「ああまで無理から連れ去られてしまった扱いへは、
  わたしもカチンと来たもんで。」

それと同時、あの折に踏み込んで来た面々の、
スーツの襟に襟章をつけてた微かな跡があったんで、

 「爪に付けてた透過レンズをすべり出させて透かし見たところ、
  裏側に付け直されてたそれが、○○王国の国章と判りましたので。」

独自の公用語を使う国ですから、それも暗号になるかもと思い、

 「咄嗟で乱暴な文面ながら、
  力になりたいと綴ってメアドを教えるメモをね。」

 「渡しましたか、あの混乱の中。」
 「〜〜〜っ!」

えっへんと胸を張るひなげしさんだったのへ、
久蔵は凄い凄いと その大胆さと巧みさへ目を見張り、
七郎次は逆に“よくやるなぁ”と脱力したようだったけれど。(苦笑)
ちなみに、透過レンズと彼女が言ったのは、
某大学の工学部と共同研究中の新素材だそうで、

 『ホテルのチェックインとか、劇場などの受付で、
  失礼のない範囲で、簡単なボディチェックが出来るようにと。』

今時はテロの脅威のみならず、突然刃物を振りかざす不審者だって増えつつあって。
水と安全はタダだと思われて来た、平和な日本だってうかうかしてはいられない。
だが、その一方では“おもてなしの心”も尊ぶところが大和民族の美徳なので。
誰彼問わず、あからさまに確かめるのは無粋だし失礼だしとの声もあり。
そこで、目立たない薄さ軽さで、だが、
衣類やバッグの内にある、金属物体を素通し可能という、
抜群の透過性を追及している途上のブツなのだとか。

 『決してカンニングなどへの流用はしちゃあいませんので、念のため。』
 『していれば…。』
 『そうですよね、答案の見せ合いっこしてますから、すぐ判りますvv』
 『…ちょっとお二人さん。どういう意味でしょうか、それ。』

勢いよく振り上げられた ひなげしさんの ぐうを恐れてか、
あわわ…と慌てた白百合さんと紅ばらさんが
身を反らすようにして揃って逃げかかったのはともかく。

 「じゃあ、これってその返事?」
 「だと思いますよ。」

このアカウントは、特殊な羅列のメアドを使ってますので、
スパムの送信に使われてるよな
ランダム発信されたメールなんぞは一切受け付けませんしと。
さすが、その道じゃあキャリアも長い玄人同然のひなげしさん、
再びえっへんと胸を張っての、さてとて…と。




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背景素材をお借りしました Egg*Station サマヘ


  *なな、何か話が長くなって来そうな気配が。
   ややこしい理屈は 出来ればはしょりたいところですが、
   ついついの長丁場になりましても、どうかお付き合い下さいませませ。


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